アフリカとの出会い37
アフリカの日々6 「ケニア式結婚披露宴」
   

竹田悦子 アフリカンコネクション

  ある日道を歩いていたら、知らない男性が「明日僕の友人の結婚式があるのですが、一緒に来ませんか?」と訊ねてきた。私は「誰の結婚式ですか?」と訊ねた。彼は、それには答えず「あなたの友人の~さんも来ますよ」と答えた。

 「彼は誰なのだろうか?」「どうして~さんと私が友人であることを知っているのだろうか?」「そもそも誰の結婚式なのか?」

 いろいろな疑問が頭をかすめて、「行きません。直接招待されていない結婚式は行けません」と答えた。ため息を小さくついた彼は「友人の友人だから、友人じゃないですか? 明日3時にここで待ち合わせしましょう」といって、何の目印もない今立っている場所を指した。

 行くつもりはなかったが、次の日の夕方4時頃、孤児院の子供たちと買い物に出た帰り道に同場所をたまたま通ることになった。スーツを着込んだ昨日の彼が立っていた。

 「待ってたよ。遅れてるから早足でいこう」。

 裏表のなさそうな彼の笑顔を見ていると、ケニアの普通の結婚式を見てみるのも悪くないかなという気になってきた。

 「着替えてくるからもう30分待ってくれる?」

 と自然に答えていた。

 「いいよ。会場はすぐそこだから、大丈夫間に合うよ」。

 ワンピースを着て、すぐそこという彼の言葉を信じてヒールのある靴で出掛けた。

 日本の結婚式を当たり前のようにイメージしていた私。教会か、会場を借りているのだろうと想像していた。

 サバンナの草原を歩く、歩く、歩く。丘や坂を繰り返して1時間あまり。丘の上にコンクリートで出来た建物が一軒建っていた。近づいてくると、その家には屋根がなく、窓枠にはガラスがないことが分かった。まさに、建築中の家。そこに100名以上のあでやかなスーツやドレスを着た結婚式の招待客が集まっていた。私を含め、正式に招待を受けた客はどれくらいいるのかは定かでない。私のように友人の友人に誘われて来ている人は私以外にもいるのだろうから。

 私の友人を探すが見つからない。ということは、私は、知らない人の結婚式に、招待もされてないのに突然参加の招かれざる客ということになる。一緒に来た彼は、自分の友人達に合流して話しこんでいる。家に入ると、屋根がないのでケニアの青い青空が広がっていた。窓がないので、サバンナの優しい風が駆け抜けていった。

 無造作に並べられた長いすの端に腰をかけた。ヒールのある靴で1時間あまり山歩きをした足は、疲れきっていた。「ふう~」とため息をつくと、「結婚式が長引いているね」と隣の人が声を掛けてきた。「今からここで、結婚式ではないのですか?」と驚きを隠しつつ訊いてみた。「違うよ。ここは披露宴だよ。だから誰でもお祝いしたい人は来ていいんだよ」。

 話しているうちに、遠方から白い車がやって来て、みんなの視線が集まっている。話しかけてきた人が「ほら、教会で結婚式を終えた2人が来たよ」と、教えてくれた。白い車、色とりどりの紙テープ、風になびく風船。ウェディングドレスとタキシード。ケニアの青空。サバンナの風。映画のような美しいシーンだった。

やがて車は近づき、2人は祝福の歌と拍手で迎えられて入場。花をいっぱいに受け取りながら、2人は一番前に置かれた2つの席に着く。初めてみる新郎と新婦。とても新婚とは思えないほど、2人は馴染んでいた。新郎の挨拶で、いろんなことが明らかになってきた。

 2人は、10年前に既に結婚していて、「今日はセレモニーとしての結婚式と披露宴で、結婚式は教会で、披露宴は新居として建築中のこの家で行うことにしました」というわけだ。子供もすでに2人いた。その後、披露宴の参加者にマイクが渡され、皆、思い思いにお祝いの言葉を言っていく。100人以上もいるこの会場。一体いつ終わるのやら…と思いながらそれぞれのスピーチを聞く。型通りの挨拶はなく、みんな笑いに溢れたスピーチをしていた。大爆笑が何度も起こっていた。

 そしてなんと私にもマイクが回ってきた。ここにいる全員が初対面の私はとっさに何を言おうか迷ったが、 

 「こんなにすばらしい披露宴は初めてです。素晴らしい友人、素晴らしい新居。おめでとうございます」

 と挨拶した。私のスピーチが一番つまらなかったと思う。

 その後、それぞれ参加者が用意した贈り物が披露される。披露宴の参加者は事前に贈り物用のテーブルに持参した贈り物を置くことになっていたらしい。司会者は、そのテーブルに置かれた品を一つ一つ紹介していく。まさに、実用品の数々。魔法瓶、蚊帳、懐中電灯、ティーセット、毛布、ランプ、服など、生活に密着したものばかりだ。贈り物を用意できなかった人は、テーブルに置かれた封筒に現金を入れて、用意の箱に入れておく。私も持っていたお札を入れた。

 その後、一枚皿に豪華に盛られたケニア料理の数々が、振舞われた。チャパティというパン、ヤギ肉と野菜のスープのカランガ、ジャガイモと豆ととうもろこしを炊き合わせたムキモ、ほうれん草のような緑の野菜・スクマの炒め物などなど、それらが一つのお皿にたっぷりと盛られていた。それらを皆が黙々と食べてお腹がいっぱいになったところで、どこからともなく聞こえてくるアフリカンミュージックにあわせて踊りだす。

 ほんの数時間の間に自己紹介をし、食事をし、一緒に踊る。それだけのことなのに、どうしてこんなに楽しい時間になるのだろう。ここにいるすべての人と楽しい時間を一緒に過ごし、すっかり友人になれたような気にもなってくるというその不思議。お腹も心も満たされて幸せな時間だった。みんな笑顔だった。

 ケニアでは結婚式をする人・しない人、今回のように、ずーと後になってする人など、いろいろな人がいる。その後多種多様な結婚式・披露宴に参加したが、どうしてかこの屋根のない建築中の家での披露宴での幸せな時間が、いつも思い出される。

 帰り際、私の友人が遅れて入ってきた。手ぶらで、しかも遅刻で、終わった頃に来るとは。しかし彼も、新郎新婦にお祝いを言い、笑顔で握手していた。

 新郎新婦は、何は無くても「感謝の気持ち」を伝えるための、招待客は何は無くても「お祝いの気持ち」を伝えるための結婚披露だった。

 会場、贈り物、食事、どれも特別なものはないけれど、温かい心が集まったケニアらしい式だったと思う。ヒールのある靴で疲れきってたどり着いた道のりだったが、帰るときは、温かい気持で足取りも軽くなったような気がした。

写真① ケニアの青空     写真② 歩いても歩いてもサバンナ     
写真③ 一枚の皿に盛り上げられたケニア料理



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